色々な奇妙な出来事が重なった日であった。
まず、城南乳業常務・江島伸年と妻・教子が旅行で留守にしているこの日、火事で家を焼け出された社員夫婦が江島を頼ってきていた。
妻・千夏はしばらくの間、家政婦として働くこととなる。そこへ家出中の息子・弘が事故に遭ったという一報が入る。家人たちは色を失い病院へ向かった。
残った家政婦・二宮實智子が途方に暮れていると旅行中のはずの教子が一人、戻ってくる。どうやら旅行は伸年が仕組んだ嘘だったらしい。
腹を立てて恨み言を言う教子をなだめようとする實智子だったが、一本の電話がそれを遮った。一階のリビングで電話がかかってきたちょうどその頃、屋敷の二階にある息子弘の部屋では、記憶をなくした女が監禁されているのが発見された。
電話の主は江島常務の誘拐を告げてきた。教子は迷わず警察に通報するが、娘婿・保彦は、一昨年の入谷の誘拐事件で失態を犯した警察には懐疑的であった。その言葉に川上は複雑な顔を見せた。二階に監禁されていた女は記憶を失っていたが、川上の妻・千夏に促され、自分がここの家政婦であると認識する。だが、会社の総務部長・柴田はどことなく女の顔に見覚えがあった。彼女は江島常務と対立する三橋専務の一人娘なのではないかと。
リビングで一人、夫の身を案じる教子は目を疑う。玄関から汗だくで入ってきたのは紛れもなく夫・伸年であったのである。誘拐されたと思っていた伸年は何のことはない、無事戻ってきてしまったのである。ホッと胸をなでおろしたのもつかの間、チャイムとともに宅配業者に扮した男たちがやって来た事を知る。それは先程、自分たちがした通報を聞きつけた捜査員たちであった。
通報が間違いであった事を告げたい教子。しかしリビングの捜査員たちは並々ならぬ意気込みをもって乗り込んできていた。かつて入谷の事件で失態を犯した刑事達。あの時の無念と雪辱を晴らす為、彼らはゆるぎない決意をもってここへやってきた。そのあまりの熱量と背負ったものの重さに教子は言葉を失い、真実を告げる事ができない。
こうして刑事が常駐するこの屋敷で、存在しなかった誘拐事件と、現在進行中の誘拐監禁事件が交錯する。
教子は刑事達への体裁を整えるため、伸年を自ら誘拐する事にする。伸年を一旦誘拐しほとぼりが冷めた頃に自ら発見する。そうすれば刑事達の気も晴れるだろうという浅はかで無邪気な考えであった。会社での地位を確保する為、大阪へ向かおうとする伸年を縛り上げる事に成功し、書斎に閉じ込めておく。が、気づいたら伸年の姿は消えていた。この屋敷には、また別の思惑も働いていたからである。
伸年を大阪へ向かわせたくない保彦は家政婦たちを唆して、伸年を重病にしたてあげ、家から出さないように仕組む。自らの立場に違和感を持ち始めた由子は、自分が誘拐されたのではないかと自覚し始めるが、周囲の勘違いの連鎖により、逃げ出す機会を失う。
嘘で塗り固められたこの屋敷の中で、刑事達の思考はかき乱されていた。彼らには彼らの嘘がある。捜査権を持たず、ただただ事件解決の熱意だけで訪れたものの、事件の背景にある真相にたどり着けず、解決には相当の困難を強いられそうであった。やがて身分を偽ってやってきた事を、かつての同僚・川上に勘付かれてしまう。彼らが偽刑事だと知った伸年は、教子の気遣いを無視して、捜査員たちを追い出そうとする。
捜査員たちの目の前には誘拐されたはずの江島常務がいる。結局、誘拐事件は存在しなかった。安心とともに少しの失意の中、帰っていく。だが、實智子が気づいていた。本当に誘拐されていたのは、常務ではなく、運転手をしていた自分の亭主なのだと。
由子が監禁されていた事を千夏は初めから気づいていた。気づいていながら見てみぬフリをしていたことを尚雄は責める。だが千夏は、かつて警察官であった尚雄が、誘拐事件の捜査で心身ともに壊されていったのを一番よく知っている。再び、あの時のようになってほしくないとその思い一心であった。
實智子の夫を誘拐した相手は、身代金に三千万を要求してきた。
奇しくも大阪へ三千万を持って出発しようとしている伸年。自然と一同の目はその金に注がれる。
頑なに拒絶する伸年を、教子たちはたしなめる。他人ではあるが家族同然の二宮を救わない手はない。伸年も当然それはわかっている。しかし、それと引き換えに、今の自分達の生活の一切が失われる事が、一家の主として決断できないでいた。普段は仕事一筋に生きる夫や父親のそんな姿に教子や清美は複雑ながらも少し嬉しい様子でもあった。
常務の書斎でカバンを見つけた由子は記憶を取り戻した。自分は弘と恋仲であり、家庭を顧みないお互いの父親に一泡吹かせようと、狂言誘拐を仕組んだのであった。自らの非を認め、迷惑にならないよう密かに屋敷を出ていこうとする。
事件はいよいよその意外な真相を見せ始めた。