特別裁判所に招集された12名の陪審員。
彼らが審理するのは1742年(寛保元年)の江戸小伝馬町で、被告人・鈴代屋伝兵衛が引き起こしたとされる放火事件についてである。すでに結審した、それも300年も前の事件を審理する事に意味を見いだせず、陪審長を除く11名は困惑していた。被告人は既に死罪でこの世になく、公判事実に疑いもないことから当然の事ながら、初めに出された結論は「有罪」であった。
この特別陪審はまたの名を仮想現実陪審「オシラス」という。特殊な装置に依り、過去に実在した事件の当事者たちの視覚や聴覚などの感覚を共有することで三審制のなかった当時において、適正な裁きが行われていたのかどうかを現代人の感覚でもう一度審査するための場である。半信半疑ながらも、装置に座り、それぞれが疑似体験をして当事者たちの感覚を見聞きする事になった。その直後の評決において6號陪審だけが「無罪」を主張し始める。
放火犯を庇い、審議を引き延ばそうとする6號に対し、それぞれは自分が見聞きしてきた感覚を頼りに被告人の有罪の理由を主張していく。まず争点になったのは被告人の人間性についてであった。また、陪審員の中には何かの手違いで装置が作動しなかった者たちもおり、彼らは自分の想像と思い込みで被告人の人間性を形成していかざるを得ない事になった。
被告人の実像について虚と実が入り乱れる中、徐々に無罪の主張に傾く者が増えてきていた。有罪を主張する側は、被告人が放火をする動機があったと主張し、時に被害者の感情を突きつけて無罪側を揺さぶり続ける。頑なに有罪の立場を動かない1號陪審長が刑の減軽を提案すると、一度は無罪に傾いた者も主張を変えざるを得なくなっていた。早く審理を終わらせたいという空気も入り混じる中、主張を変えるように求められた6號は明らかに失望した顔をし、静かにペットボトルの水を口にする。
いつしか疑似体験だったはずの当事者たちの行動や心情は、陪審員それぞれの立場に重なって見える。多数で話し合い、自分の見聞きした、若しくは見たいものだけを選び出して、事件における真偽を見定め人を裁く難しさを思いめぐらせ、この審理に疑念を持ち続けていた一同は、この段階において、真剣に事件と向き合う様になる。やがて、とある仮定から創り出された推論が、彼らの中に一つの現実味を持たせた。当初は江戸時代の放火事件だったものが、5年前に中央区で起きた放火殺人事件と重なるような感覚に陥りつつあった。
そして彼らが出した結論は冤罪、つまり被告人は「無罪」ではなかったのかというものだった。長時間の審理を終え、各々部屋を後にする。帰りそびれた者だけが残った部屋で2號陪審が思い出したように語ったのは、彼が見た火災直前の光景であった。事件の真相が明らかになった途端、11號が突然倒れた。傍らにあったのは、先程、6號から勧められた水の入ったペットボトルであった。